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BOOK REVIEW vol.13

今月の本 vol.13:服の馴染みのよさと趣味の良いコレクションのつながり

MY ARCHIVE』中村ヒロキ(マガジンハウス)

 visvimの服は、とても馴染みがいい。もしくは人が着ていて馴染みがよく見える。ルックブックからして、すでにモデルが元々何年も着ていたもののような印象を受けることもさえある。古着を着たときの感じとも違う、デザインも状態も間違いなく新しいのだが、それはずっと以前からあったように新しいのだ。

 visvimのクリエイティブ・ディレクター中村ヒロキが雑誌『POPEYE』で、世界中で見つけた自身のコレクションを紹介する連載が書籍としてまとまった。連載時には読んでおらず、中村がこんなに素晴らしいコレクションを蒐集していたことを今更知って驚くと共に、収集物からブランドの活動やデザインまですべてがつながり、先程の馴染みのよさと表現したことに自分で勝手に納得できた。

 中村がイントロダクションで、「カテゴリーにこだわらず、その能書きも関係なく見た瞬間にはっとさせられる古いものを集めるのが好きである。それらのアーティファクトのどこに惹かれているのかに興味があるからだ」と語るように、集められた50のアイテムは年代も地域も、価格も状態もバラバラ。古くから男性による色彩豊かな機織り文化のあるエチオピアのドルゼ族によるハットや19世紀以降交易によってキャンパス地に変わるまで作られていたバッファローハイド製ティピーのミニチュア、東北の襤褸の麻袋、江戸時代の火消し半纏、土佐の鯉幟、ロールス・ロイスの車まである。

 アーミッシュの子ども服と戦前の日本の子ども服や、台湾少数民族のウール製の着物と明治期日本のウールブランケットが一緒に並べられ、地理も超えて共通する素材やデザイン、暮らし方などが浮き彫りになってくる。違う時、違う場所で同じインスピレーションのもと集めた物同士が、同じページ内で共鳴を起こしている様を見ると、歴史や文化の地政学や装いの歴史のうねりみたいなものが突如浮かび上がってくる。本の発売を記念して行われた展覧会を設営しながら中村が考えていたのもそういうことだった「知っているものも違う角度から見ることができて、新しいパースペクティブを与えてくれるというか。そもそも、こういうものを集める行為自体が、そうした気づきを求めているからなんですよね。」(https://www.visvim.tv/jp/dissertations/my_archive_vol2.html

 車やバイクがあるように、全てが手工芸品というわけでもないし、民族ものということでもない。購入時に由来を聞けたものもあれば、後から調べてなるほどというものもある。すべてに共通しているのは、そのものをつくるためにある技術(上手いか下手かではない)と土地や時代、文化に即した素材でつくられ、過去何人かわからない人々の所有を経て中村のもとにやってきているということ。

 チベットのヤク毛のケープのように我々からしたら高価な素材も、その土地にそれがあったから発達したものであろうし、野良着から肌着、袋や寝具まで使われていた東北の襤褸は麻によるもので、補修し、ツギハギになっているが、寒い東北地方で使える繊維素材は麻しなかったのだ。

 産業や科学の進歩によって、その土地土地の繊維は製造が楽で、機能的かつ安価なものに置き換えられ、希少な素材は交易に使われ外部に流出していった。もちろん変化しながらまだ現役で使われ続けているものもあるだろう。世界では「文化の盗用」により敏感になりながら、安易なデザインコピー品も出回り続けてもいる。だからこそ、進行形の歴史の中で強い個性を持ったモノに宿るエネルギーや価値は、どんどん増しているのではないか。それは美術館、博物館的価値でなくて構わない。自分という人間を、歴史のどこに位置づけるのかということが意味のあることであり、おもしろいことなのだと思う。

 「古伊万里とイギリスのアンティーク皿」に登場するアンティーク皿は、中国の磁器に代わって輸出用に作られた有田焼がイギリスに流れていった結果、イギリス人がその有田焼を似せて作った“フェイク”なのだが、西洋目線のアジア調のおもしろさがそこにはあると中村は言う。「東西の間で互いに影響関係があり、伝言ゲームみたいに誤解や想像をすくめてモノが作られていったことがすごく興味深いですね。それは「コピー」なのか「インスパイア」なのか。「オーセンティック」とは何か。今はインターネットもあるし海外旅行も簡単だから、情報のタイムラグがほとんどないけれど、そこには想像力が働く余地は少ない。だから僕はそこに自分という「フィルター」を通すことで、何かを加えたり変化させたりしながらいくとことが大事かなとおもっています。」

 コレクションからの直接的な引用や伝統的手法の応用、継承、手工芸品をプロダクトとしてデザインしなおすこと。「自分の仕事は新しいものをデザインし、作ること。インスピレーションを過去から未来につなげること」とイントロダクションで語るように、『MY ARCHIVE』は中村ヒロキのアーカイブであり、visvimのデザインソースとしてのアーカイブでもある。

 コピーを繰り返し続けてオリジナルの参照点を失うか、たくさんの参照物から原型のシェイプだけを残したスーパーノーマル(©ジャスパー・モリソン)となるか。もしくは、アメリカンカジュアルウェアに世界の文化が反映されたモノの“オリジナルな個性”を融合させる中村/visvimのようなものづくりとなるか。物を蒐集するという行為には、物の個性が発露する瞬間を繰り返し感じ続けることで、自分の感性の輪郭を明確にしてくれる効果がある。いくつかのモノを融合的に捉える時、まずその輪郭がはっきりしている必要がある。そのバラバラに屹立する個性を見事に馴染ませることことこそ、デザイナーの力量なのだと思う。そういう意味で、とても馴染みのいい服をつくる中村ヒロキというデザイナーは素晴らしいデザイナーだと、この本を読んで改めて感じ入った。

 注:visvimのウェブで展示の様子がアーカイブされている。展覧会場での鼎談の記事もある。その他、visvimのウェブは本書の編集と執筆を担当した編集者・井出幸亮による、世界中のものづくりを取材した「servey」も非常に読み応えがある。