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BOOK REVIEW vol.15

今月の本 vol.15:日常の中にある自分だけの喜びを見つけ、日々の幸福をルーティン化すること

その「おこだわり」俺にもくれよ!』清野とおる(講談社)

濃厚な異様なまでの個人的こだわりの数々
 2014年から漫画雑誌「モーニング」および「月刊モーニングtwo」で連載されていた『その「おこだわり」俺にもくれよ!』が2018年、5巻で完結した。ちなみに同時期「週刊SPA」で連載されていた食への偏愛を集めた『ゴハンスキー』も同時期5巻で完結。ふたつの小さな宇宙とも言うべきこだわりの奥深き世界が一旦幕を閉じた。と大げさに書きたくなるくらい、他人にとってはどうでもいいけれど、当人の日々において何より大切な部分を占める、異様なまでの個人的こだわりの数々は濃厚で、まぶしさもあった。

 おこだわりを披露する人、つまり「おこだわり人」とは、“日常生活の中で、別にこだわらなくてもいい事に敢えてこだわり、そこに自分だけの幸せを見いだし、コソコソと楽しんでいる輩”のこと。39歳、出版社勤務の男性による、奥さんが寝静まった深夜にひとり、氷結グレープフルーツ味のストロング缶と、缶そのままのいなばのライトツナフレークマグロサラダ油漬に死ぬほどマヨネーズとコショウをかけて使い捨ての割り箸でこぼれないようにゆっくりと掻き混ぜたものをつまみとして、飲み、食べるという“おこだわり”に始まり、大好きな眠りについてのおこだわり、アイスミルクのおこだわりと徐々に熱量は増していき、ポテトサラダから一気にエンジンがかかりページ数が増える。1巻には他に、ベランダ、白湯、帰る、内ポケット、さく(割く)、コンソメパンチというおこだわりが並んでいるが、読んでいない人にはいったいそこにどんなこだわりが…、と想像もできないメニューばかり。

日常の中にある自分だけの喜びを見つけ、日々の幸福をルーティン化すること
 こだわりと言ってもどれも決して贅沢なことをしていない。お金にものをいわせて物や食にこだわるという類の、そんなことしてる自分すごい、のような成り上がりや承認欲求を満たしたい人もいない。きっとそのおこだわりをインスタグラムに上げることもしていない。日常の中にある自分だけの喜びを見つけ、日々の幸福をルーティン化すること。ささやかだけれど自分だけのものである幸福がルーティン化した時、平穏だけれど豊かな日常が獲得できる。

 人に見てもらうこと、伝えることを目的としていないおこだわり人に対し、清野さんはどうしても聞かせてくれというスタンスで話を聞いていく。おこだわり人は圧倒的にこだわるにもかかわらずルーティンになっているため、ディティールはあえて説明するものでもないほど当然のものになってしまっている。清野さんは案内役として、そのこだわりの解像度を徹底して上げていこうとする。ひとつには、“銘柄責め”というテクニックでディティールを掘り続ける。どこのメーカーの何という商品なのか、どのくらいの時間をかけるのか、より具体的に、より詳細に。後に3巻から登場する“人柄責め”という“別段知らなくても たとえ知り得たとしても 清野の人生には毒にも薬にもならない「おこだわり人」のバックグラウンドをホジホジとホジっていくことで それまで淡くくすんでいた「おこだわり人」の「おこだわり話」を鮮やかな原色に輝かせ より感情移入して聞く事ができるようになる技術”を取り入れることで、さらなる高解像度を目指していく。鮮やかでよりくっきりとしたおこだわり像を結べた時、読者は他人のおこだわりを思わず実践してみたくなる。

“おこだわり”として語ってほしいとはなぜか思えない
 おこだわりは食テーマが圧倒的に多く、他には時間の使い方や物についてが多い。ファッションのおこだわりはない。近しいところでは「内ポケットの男」と毎年元旦に一年間着る下着と靴下を新調する「脱皮する男」くらい。それは他の人から見てもわからないという意味でファッションとは言いにくい。では、ないのはなぜだろうか。ルーティン化したファッションというのが語りにくいからだろうか。スティーブ・ジョブズやnendoの佐藤オオキさんのような、いつも同じ服を着るノームコアは間違いなく“こだわり”があるだろう。でも、それを“おこだわり”として語ってほしいとはなぜか思えない。きっとそれはそのこだわりは手段であって目的ではないからだろう。そういう服装をすることによって得られる、社会的メリットが おこだわりの“自分だけの幸せ”を超えて含まれている。

 でも、もっと内面のこだわりから導かれる自分だけの着方のこだわり(スタイリスト伊賀大介さんのTシャツの襟をダルダルにせずにはいられない話とか。あれもおしゃれに回収されるのかな…)、素材、形、色といったことや、靴紐の通し方、髪型とかもあるかもしれない。連載が終わってしまって寂しい。ハニカムさん、清野さんとファッションのおこだわり連載を始めてください。