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BOOK REVIEW vol.16

今月の本 vol.16:マート&マーカスと影響の美学、そしてファッションのファンタジー – ギィ・ブルダンからヘルムート・ニュートン、バルテュスにハンス・ベルメールまで

Mert Alas and Marcus Piggott』Mert Alas and Marcus Piggott(Taschen)

 ともに1971年生まれ、トルコ生まれのマート・アラスと、イギリスのウェールズ生まれのマーカス・ピゴットによるファッションフォトグラファーデュオ。一般的にはマート&マーカスと呼ばれるふたりのモノグラフ写真集が、キャリア20年にして初めて作られた。94年に出会い、翌年から自身の部屋を使って様々な写真を撮り始めた二人は、早い段階で「Dazed & Confused」から声がかかり、仕事を始めている。

 VuittonやMiuMiu、Givenchy、DSQUEAREDなど大手メゾンのキャンペーンを手がけながら、「Vogue Italia」を始めとする各国版の「Vogue」や「LOVE MAGAZINE」、「W Magazine」、「Numero」、「Interview Magazine」など、ラグジュアリーかつエッジのあるエディトリアルを主戦場にしてきた。『Mert Alas and Marcus Piggott』は、雑誌で発表してきた作品を編集した98年から2018年までのモノグラフであり、Kate MossやSaskia de Brauw、Lala Stone、MadonnaやLady Gagaなど彼らのミューズとも呼べるモデルを中心とした写真集でもある。

 マート&マーカスはファッション誌で仕事をするため、彼らの作品はファッション写真と呼ばれることが多いが、この写真集の多くのカットではそもそも服を着ていない。もしくは、その服が何であるかということに焦点が当てられることが少ない。マート・アラスもCNNでのインタビューに
I don’t know why that should be a fashion picture or an art picture or an exhibition picture. We just do pictures,” Alas said. “Some like to put it in a magazine, some like to put it on a wall.“と答え、写し写されたものが何であろうと写真は写真であり、それがどこに置かれ、見られるかであると考えていることがわかる。

 菅付雅信さんの『写真の新しい自由』のなかで、リチャード・アヴェドンとスティーブン・マイゼルに師事した写真家セバスチャン・キムは、数々の名作ファッション写真を生み出したアヴェドンのポートレートへ情熱をこう語っている。“彼はポートレートを本当に愛していた。ファッションは消えていくもので、ポートレートは残るもの。尊敬する人物を撮影すると、そこには写真家と被写体の独特な関係が映し出され、被写体に写真がもたらす力が明確になる”。ファッションの即物的な描写をしないマート&マーカスも、彼らが人を撮る時、それはファッションではなくポートレートなのではないか。もしくは人を描いた絵画のようなものかもしれない。そこにはファンタジーやドラマが常に内包されている。先行する美術や写真の歴史とイメージを研究して取り込み、高度なポスト・プロダクションで表現することによって、表層のイメージとしての写真に表現の歴史という奥行きが与えられる。

 シュールレアリスティックな表現でファッション写真に新しい表現の世界を切り開いたギィ・ブルダン(1928−91)やファッション写真にセックスやフェティッシュな世界観、上流階級の退廃的な雰囲気や暴力性を持ち込んだヘルムート・ニュートンからのイメージを応用し、画家のバルテュスやジョン・エヴァレット・ミレイの構図や表現を重ね、球体関節人形作家のハンス・ベルメールに至っては、直接的に人形を取り入れている。これらはマート&マーカス自身も影響を受けたと語っているが、イントロダクションを書いた現代写真のキュレーターであるシャーロット・コットンが、ポスト・パンクやダークロマンティシズムに言及しているように、ジョイ・ディビジョンやニュー・オーダーのダウナーなで退廃的な気配もある。ニュー・オーダーを頭の片隅に置きながらページを捲ると、P16に出てくる燃える薔薇が出てきた瞬間、アルバム『権力の美学』のジャケットを思い出さずにはいられない。

 これはちょうど展覧会が開催中かつ個人的に好きだからかもしれないが、ルネサンス絵画のポージングやゴーギャンの色遣いに影響を受け、不可思議な姿勢の人体を描き、空や海の色を通常使われる青ではなくビビッドな多色で表現する漫画家荒木飛呂彦の世界観は、マート&マーカスもきっと好きなのではないか。ジョジョはグッチのキャンペーンにも登場したので、ジョジョの存在は知っているかもしれない。英語版のジョジョ全巻をマート&マーカスにプレゼントするので(布教)、何かそこからインスピレーションを受けた作品を作ってもらいたい。

 マート&マーカスのキャリアと知名度にあって、初の写真集まで20年かかったのは長いようにも感じてしまう。彼らが尊敬するギィ・ブルダンは生前、写真集や展覧会のオファーはすべて断り、”写真はそれを最初に掲載したメディアのみに属するべき”として、ファッション誌での作品発表にこだわったそうだが、そこにシンパシーがあったのだろうか。ちなみにスティーブン・マイゼルは、いまなおモノグラフの写真集を作っていない(アマゾンで2035年発売となっているこの本は何なのだろうか。調べると2015年に出てるような表記もある…。なぞ)。ファッション写真家にとって写真集とは何なのか。マイゼルはその時代時代の先端的な表現を模索し、実験し、新しい表現を作り続けてきた。雑誌という媒体や移り変わるファッションの刹那性とその姿勢には強い結びつきがある。変化のスピードの速さや刹那性を引き受けながら過去撮ってきたものを、いつまでも長く見られる写真集という表現形式に落とし込むことに、違和感を示すこともわからなくもない。美術史や写真史、ファッション史からの引用を用いることで、マート&マーカスの写真集は特定の時代にとらわれない厚みのある表現を実現できている。