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BOOK REVIEW vol.22

今月の本 vol.22:シンプルでいいと思い切ること。家庭料理は技術ではなく考え方。

シンプルな一皿を究める 丁寧はかんたん』ウー・ウェン(講談社)

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Question
From::AYANA(ビューティライター)

山口さんこんにちは。私はいまシングルマザーで4歳の息子がおります。保育園で見てもらっているので仕事はできているのですが、家事、特に食事をどう短い時間で工面するかが大きな課題です。ハンバーグやカレーが大好きなザ・男子の息子と、オリーブオイルと塩とハーブみたいな味付けが大好きな私、どちらのテンションも損ねずに美味しい食事が素早く作れる指南書のような料理本はないでしょうか。
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 AYANAさんこんにちは。質問ありがとうございます。我が家もひとり三歳の子どもがいますが、食事が最も困難な課題として過ごしてきたのでお悩みお察しいたします。ですので質問は非常に難しくひと月うんうん唸っておりました。何が難しいって自分が料理をまったくしないので、どの料理本をすすめても説得力に欠けるのではという不安が拭えないということと、まったくお前が料理のこと言うのかと妻から冷たい視線を浴びせられそうで辛いという二点があります。ですので料理をしない人、できない人という点は一度横において今回のお返事を読んでいただけるとうれしいです。

 “ハンバーグやカレーが大好きなザ・男子の息子と、オリーブオイルと塩とハーブみたいな味付けが大好きな私”という、松屋でフレンチみたいな、ケンタロウさんと細川亜衣さんが同居したみたいな人を探せという難しさ。ちょうど細川さん新刊『果実』が出たので、ケンタロウ本と一冊ずつと思ったりもしましたが、いろいろ読めばいいじゃんみたいになってしまってはお答えにならないので、今回は料理研究家ウー・ウェンさんの『シンプルな一皿を究める 丁寧はかんたん』はいかがでしょうか。

 1963年に中国北京市で生まれ、1990年に来日したウー・ウェンさんは、日本人の男性と結婚していましたが、早くに旦那さんを亡くしてしまいます。7歳と9歳だった二人の子どもは日本人として育ててきたため、日本で大きくなっていってほしいと、異国でひとりシングルマザーとして生きていくことを選びました。外国人のシングルマザーは慣れない日本のシステムと苦闘しながら、旦那さんが亡くなる前からやっていたクッキングサロンを続け、同時に母親というやめられない仕事も精一杯にこなしていたそうです。“誰かのせいにするのではなくて、今、この状況の中で、どうやって生きていくか。それしか考えていませんでした”という経験から、ウーさんはカッコつけてもしかたがないと、ものごとをシンプルに考えるようになりました。料理も同じ。あれこれ手を出さず、手をかけすぎなくてもいいという自信ができ、子どもたちには手作りだけどシンプルに2品だけを作るという考え方に至ります。ウーさんの“シンプルだけど力強い、ひとつの芯”はここにあります。

 そうして小さな子どもたちも満足させながら、仕事と子育てを両立させてきたウーさんの料理は、本当にシンプルです。基本の味付けは塩と油だけ。「新玉ねぎのまるごと煮」というこの本の最初のメニューがそのシンプルさを象徴しています。皮をむいた玉ねぎを鍋に入れ、粒黒胡椒を加えて水を注いだら火にかける。煮立ったら弱火にして、20分蒸す。粗塩とごま油で味を整えて出来上がり。玉ねぎを鍋に入れて煮ただけ、とも言えるほどシンプルで、仕上がりもごま油の色味もきれいな澄んだスープに玉ねぎの塊がドンとあるだけ。レシピの工程も2つ。
 ウーさんにとってレシピは守らなくてはいけないものではありません。 “家庭料理とは考え方”であり“哲学”、“プロは腕、家庭料理は知恵”であって、単なるレシピではないとウーさんは考えているから。レシピの分量などもあくまで目安。細かく厳密に記述し、再現してもらうのではなく、日々の実践の中で自分なりの家庭料理の考え方を持つことが大切なのです。“無理しない、頑張らない、無駄にしない”という精神で、旬のものやいい素材を使えば、余計なことをしなくてもおいしくなると何度も言います。

 “ハンバーグやカレーが大好きなザ・男子の息子と、オリーブオイルと塩とハーブみたいな味付けが大好きな私”というAYANAさんの言葉は、最初言ったように真逆のことを聞かれているようでいて、メニューがシンプルでいいという意味では同じなのではないかと思ったりもしています。ハンバーグやカレーはこの本には載っていませんが、「春キャベツの肉団子」や「焼売」「蒸し豚」「ねぎ焼きそば」「菜の花の春巻」など、子どもウケするようなシンプルなメニューが、AYANAさん的な大人も楽しめるものにもなっています。

 メニュー数は毎月2品で計24しか載っていませんが、レシピの後に挟まれるエッセイでは、日々のメニューをどうやって考えていくのかについて、医食同源、五色五味、七十二候の暦など、“考え方”としての家庭料理が随所に示されます。野菜や肉はまるごとでかいものを買えという二人暮らしではやや難しそうなことも書かれていますが、常備菜の本を傍らに置けたりしたらばっちりかもしれません。息子さんの反応が悪かった時は、ケンタロウさんの本に男子が喜ぶごはんが無数に載っていますので、そちらでお願いします。

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 もう一ついただいていた質問、「メンタルや脳/神経系の影響による高揚感や幸福感がスキンケや効果に及ぼす影響を考えるための本」という専門的なものがありました。専門分野的にしっかりお答えするのは難しいのでおまけ的で申し訳ないのですが、周辺的な一般書では、『脳には妙なクセがある』など脳科学者・池谷裕二さんの本はどれも聞き書きスタイルで突っ込んだ内容というよりは細かなトリビアとして考えるきっかけが見つかりそうです。皮膚科学の分野はおそらくAYANAさんも読んでいらっしゃるであろう傳田光博さん(『第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界』や『皮膚は考える』)や山口創さん(『皮膚感覚の不思議 「皮膚」と「心」の身体心理学』)の本は、やはりいちばんテーマや読み物としてポピュラリティがあって読みやすくなっています。

 人を幸福へと導く「フロー」について研究したM.チクセントミハイの本『フロー体験入門』や『フロー体験 喜びの現象学』なども科学的とは違いまずが参考になるかもしれません。フローはスポーツ選手などで言えばゾーンとも言われるあれです。チャレンジと持っているスキルが高い次元で合致した時に訪れる状態のことでもありますが、幸福感や高揚感をいかに得るか、幸福感や高揚感は結果としてものごとをポジティブに解釈するようになり、肌の調子を前向きに捉えることができるようになるかもしれません。内発的なモチベーションによって支えられ、より困難なチャレンジに対して自分のスキルを更新し続けた先にあるフロー体験は、幸福そのものなのではなく幸福な状態へとつながるきっかけであり、道筋です。そういう意味で、恋は困難なチャレンジのひとつで、フロー状態になるためのスキルがスキンケアやメイクなのかもしれませんね。