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BOOK REVIEW vol.23

今月の本 vol.23:テクノロジーのダークサイド – ドラマ「BLACK MIRROR」と相互補完的な関係の一冊

ニュー・ダーク・エイジ』ジェームズ・ブライドル(NTT出版)

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○ご質問
近藤正隆(会社員)
山口様、はじめまして。オヤイデ電気の近藤と申します。さて、日本では令和という新時代が幕開けするとともに、世界ではインターネット普及以降、それに紐付けされるであろう出来事が世の中を大きく動かしている気がします。日本、そして世界はテクノロジーを介してどう発展していくべきか。はたまた人間はそれらをどう消化していくべきか。人というフォーマットとして、来るべき未来に対してソフトとハード両面でのアップデートになりうる本をご教示頂けますと幸いです。何卒宜しくお願い致します。

○プロフィール
こんどうまさたか
創業67年を誇る、小柳出電気商会(通称:オヤイデ電気)のオーディオ担当。音楽をこよなく愛し、都市の血管とも言うべき電線を日々勉強中。
http://www.oyaide.com/ja
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【本文】
 Netflixのドラマシリーズ「BLACK MIRROR」をご覧になっていますでしょうか。海外版「世にも奇妙な物語」とも言われていますが、テクノロジーの進化/深化がもたらす、ディストピア的な未来を描いたSFシリーズです。年代は明言されませんが、ツイッター的なものから記憶装置、VR、監視社会、マッチングまで、現在の延長としてイメージできるものから、まだまだ実現不可能なものまでが登場し、登場人物たちはテクノロジーによる安心と快楽、希望と快適さを喜び、楽しんでいます。もしくは悩みや苦痛をテクノロジーが和らげてくれるということも。しかし物語は、テクノロジーを享受する人が法や倫理、信頼や関係を裏切ることで、もたらされたものごとは途端に反転します。

 イギリス人らしい皮肉とブラックユーモアも込められてた「BLACK MIRROR」で描かれる未来は、ハード(人間)とソフト(技術)の関係を調和させるものと壊すものが何であるのか、視聴者に問いかけてきます。

 ”テクノロジーと未来についての10の考察”と副題のついた『ニュー・ダーク・エイジ』は、「BLACK MIRROR」と相互補完的な関係にあるとも言えます。著者のジェームズ・ブライドルは1980年生まれで、ロンドン大学でコンピューター科学と認知科学を学び、アルス・エレクトロニカや日本のICCでも作品の展示を行ったアーティストでジャーナリスト、テクノロジストでもあります。進化したテクノロジー・システムにがんじがらめにされ、いかに行動し、いかに考えるかまでを形成されているいま、そのシステムの外にいることも、テクノロジーなしで考えることもできない状態にいるとブライドルは警鐘を鳴らします。副題”テクノロジーと未来についての10の考察”の原題は、”Technology and the end of the Future”なのです。

 富めるものが富み、貧しいものが貧するという格差を拡大させる経済システム。そしてそこから展開される様々な政治的、社会的相互理解の決裂は、新しいテクノロジーによって促され、形作られています。私たちが、そうした新しく作られているものごとを批判的に見ること。どう動いているのかというアルゴリズムの理解に限定せず、ものごとの成り立ちと根拠を探求し、世界がいかに機能しているのかということへと拡張していく「リテラシー」が必要なのだとブライドルは考えます。

 その背景には、彼が本書で警告を鳴らし続ける「計算論的思考(コンピュテーショナル・シンキング)の存在も大きい。それは解決主義(ソリューショニズム)と呼ばれるものの延長線上にあり、どんな問題であっても計算によって解決できると考えることです。子どもたちの将来の雇用を生み出すためのような、機能的理解を促すプログラミング教育では足りません。プログラムのシステムがどこからきたのか、誰が何のためにデザインするのか。その意図は何か。表面ではなく構造を理解する必要があるのです。

 本書はCから始まる、Chasm/裂け目、Computation/計算、Climate/気候、Calculation/予測、Complexity/複雑さ、Cognition/認知、Complicity/共謀、Conspiracy/陰謀、Concurrency/同時実行、Cloud/雲、という10の言葉で目次が構成されています。10の項目は相互に関係しあいながら、テクノロジーがもたらす未来への不安と危機を具体的に示し、我々がどんな態度でその事態に臨み、考えなければいけないのかが展開されていきます。論理だけではないメタファーによって思考するアーティストとしてのブライドルの思惑が、一見するだけではわかるようなわからないようなこの目次にはあります。

 グーグルの創業者エリック・シュミットは、毎年開催しているビルダーバーグ会議と呼ばれる、よりすぐりの政治エリートたちが集まる会議を主催しています。その開会の挨拶で、グーグルは前向きなことを成し遂げており楽天的であるべきだと挨拶した後、携帯電話、とりわけそのカメラ機能がどのように世界を良くしたかということを、ルワンダの虐殺を例に語りました。事件が起こった94年にスマートフォンとカメラがあれば、事態はリークされ、防がれていただろうと。
 ブライドルはこれを支持せず、「アトランティック」誌に発表された、ルワンダに関する調査報告の「ジェノサイドを充分に認識できなかったのは政治的、道義的、または想像力の弱さに由来するのであって、情報面の弱さによるのではない」という言葉を、本書の要点になりうるとして、提示しています。

 テクノロジーはこれからも私たちの想像を超えて進歩していくでしょう。未来を予測する記事や知識をアップデートしていく本も記事も無数に出てくるはずです。ブライドルはそうした戦略的なことではなく、「新たな暗黒時代に生きるどんな戦略も、実体のない計算による予測、監視、イデオロギー、表象にではなく、いま・ここに対して着目することから生まれる」とし、いま・ここで「私たちはひたすら考え、そして考えを改め、なおもまた考えつづけなくてはならない」という言葉で本書を結んでいます。

 アップデートする本ということだったのですが、アップデートするものはその都度すぐに古くなってしまいます。古くなっていく情報よりも、アップデートされているものの成り立ちやその裏にある意味を捉え続けるための1冊としてこの本を勧めさせていただきました。

 相互補完的と書いた「BLACK MIRROR」は、テクノロジーと未来をモチーフとしながらも、現代への批判意識と人間の尊厳と倫理が表現の根にあるという意味で、古びないテーマを扱っています。オヤイデで働き、音楽好きの近藤さんには、「BLACK MIRROR」の各話の音楽をマックス・リヒターやアレックス・ソマーズ、坂本龍一が手がけているので、そちらも楽しめるかもしれません! なぜかNetflixの宣伝で終わります。