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Book Review|

100%再現可能であるための誠意、という名のこだわり

vol 1:『男のチャーハン道』土屋敦(日本経済新聞出版社)

 食にまつわる本のレビュー連載として今回から始めさせていただくわけだが、この連載では取り上げる本をこの場所、このシチュエーションで読むとよりおいしく(おもしろく)なるよ、ということも合わせて考えていきたい。食の本は当然のように食べ物が出てくるわけで、それはどこかで食べるものであって、でも本を読んでもそれは食べられない。なので、せめてどんな場所やシチュエーションで読めば、本や本に登場するあれやこれやを楽しめるかも合わせてご提供したいということ。ただし妄想込み、虚実入り混じりで。

 今回の1冊は、料理研究家土屋敦による『男のチャーハン道』。パスタとハンバーグに続き、土屋敦の『男の〜』シリーズ三冊目であり、新書サイズ一冊まるごとレシピという一大長編チャーハン物語だ。中学生の頃に読んだ『美味しんぼ』のチャーハンとそこにモデルとして登場した『チャーハン人生論』なる著作もある中華の達人、周富徳を出発点に、細部に渡る実験と検証のレシピ作成が始まる。

 大きな中華鍋を振り、中華独特の超強火で炒めていくチャーハンに対して、家庭であの火力を確保することも、大きな中華鍋を置くコンロも難しいし、大きく振ることなんて周囲の犠牲なしには不可能だろう。土屋のこのシリーズがおもしろいのは、徹底して家庭で再現できるベストな作り方とは何かを追求していることにある。プロの火力、道具、食材があればサッとできてしまうのかもしれないようなものはダメなのだ。さらには、チャーハンはそもそも前の日の残り物を使って作るものという成り立ちに対しても誠実に振る舞い、おいしいパラパラのチャーハンを作る近道があったとして、不自然に手間のかかることや高級食材などは決して使わない。

 土屋が徹底して調べるのは、家庭用コンロでプロが作ったものを再現が可能かということや、家庭でできるとしてその時に最適な調理器具はどんな鍋やお玉/箆なのか、ごはんの投入後の鍋は何℃であるべきか、卵は先か後かということであり、普段のレシピであれば一言で答えて済ませてしまうことをいちいち実際につくって検証していく。

 卵とご飯を先に混ぜる“黄金チャーハン”説や鍋を振って空中を舞わせ火で直接炒めるという説など、あぁあれ!と思わず言ってしまうようなやり方も、まず作ってみてひとつひとつ何が違うのかを実際に食べてみるのだ。

 ひとつひとつ行う実験は同じ分量を使ってテストするため、毎度230gのチャーハンをつくっている。一体何回作って何回食べたのか。チャーハンだけの日々もあったはずで、どれだけの時間と食事の機会を費やしたのだろうか。前二作で試食に大活躍した小学生高学年の長女は、育ち盛りの食欲が味の見分けを上回ってしまいダメで、中学生の男子はぶっきらぼうでダメという状況での孤軍奮闘だったようだ。

 こうなると冒頭に書いたどこで読むのがいいのかは、キッチンでチャーハン実験中の著者の隣以外ない。試食係を担当して、たとえ失敗と言われたものでも、ちょっとずつ食べながら「なるほど、たしかにこれは違う」みたいなことを一緒に言ってみたい。

 よくチャーハンを嫌いにならずに書いてくださいました。レシピを試しつつ、これから中華料理屋で食べるあらゆるチャーハンを因数分解して味わいます。